タイトル未定

冷たい風の吹き抜ける中で、できたばかりの墓標をあとにする。
私の不注意だった。
私がふと目をはなしてしまったせいだった。
何度も、何度もあの瞬間を後悔する。

帰りに寄ったスーパーでとりあえず手間がかからず日持ちする食べ物を適当に掴み取って、袋ごと自転車のかごに入れる。
もう何もする気が起きない、なにもしたくない、とそう思いながらも自転車をこいで家路につく。
悔恨ばかりに囚われたまま運転していたからだろう、草むらから道に出てきたポケモンに、私はその直前まで気がつかなかったのだ。

「あっ!!」

「うっ……ぐっ……」
左手の強い痛み。
痛みを堪え、なんとか我に返って周りを見渡す。
腰を抜かしてへたり込んでいるポケモンがそこにいた。
大きな怪我はなさそうだ。どうにか衝突は避けられたらしい。
どうなったのかはわからないが、たぶん左手が一番先に地面について、そのせいで無理な力が加わったのだろう。
自分の体はあちこち擦り傷ができてしまっている。
左向きに倒れた自転車の周りには購入した食べ物と持ち歩いていたかばんの中身が散乱していた。
「もうっ!あぶないでしょう!」
ひとつ叱り飛ばす。
ポケモンがぴくりと反応を見せる。
感情をぶつけたあとで、しかし、
(不注意であの子を失っておいて、それでもまた同じこと繰り返して……バカなんじゃないの)
自分のポケモンもこんな不注意で命を落としてしまったのだと思うと余計に胸が苦しくなる。

呆然としたままのポケモンにもう一度目を向け、左手をかばいながら、ポケモンのもとへ近づく。
驚いて転けてしまったからだろうか、それとも現れた時にはすでに負っていたのだろうか、ポケモンの体にもあちらこちらに擦り傷を見つけた。
地べたに座り込んでバッグから飛び出てしまったきずぐすりを掴み取る。
(うん、まだ使用期限はだいじょうぶ)
「……しみるけどじっとしててね」
「〜っ!」

「……軽い怪我だけでよかった。命を落としてしまったらそれまでなんだからね、気をつけなくちゃだめだよ!」
「〜……。」
(なに偉そうに言ってるんだバカ、原因は自分の不注意のせいだろう。全部自分に返ってくる言葉じゃないか)
なんとか荷物をかき集め、自転車を起こしてゆっくり押していく。
お互い怪我だけで済んだのだ。それでいいじゃないかと思いたかったけれど、しかし自分に毒づき続けることはやめられなかった。

病院を後にし、ギプスを巻かれ三角巾で吊り下げたままの左腕を引きずるように歩きながら今度こそ家路につく。
(自転車乗れずに押して帰るしかないんだから、今日はこれ以上事故が起こることはないだろうね)
すでに薄暗い外の、びゅうびゅうと吹きつける冷たい風の中で、そんな皮肉を自分に言い聞かせていた。

家につく。
普段ならすぐに荷物を片付けてしまうのに、今日はもうそんな気力すらない。
対流式石油ストーブにライターの柄を差し込んで点火する。
(いつもなら、早くストーブつけてとせがむあの子が隣りにいたのだけど)
静かな部屋に、点火したての石油ストーブからコン、コン、と音が響く。

荷物を放り出したまま、買ってきたパックごはんを歯を使って開けて電子レンジに入れ、レトルトカレーを取り出す。
(っ……片手が使えないと開けるのもしんどい)
温まったパックごはんを平皿にそのままひっくり返してレトルトカレーをかけたらもう一度電子レンジに戻す。
たったこれだけの作業でさえひどく億劫にかんじてしまう。
壁に右手をついてうなだれる。

突然窓からノックする音がした。
「え……?」
窓に目をやると、なにかのかげがそこにあった。
もういちど窓が叩かれる。
窓に近づいて曇りを拭うと、そこにいたのはあのときのポケモンだった。
なにかを持っている。
窓を開けてしゃがみこむ。
「あ……それは……!」
今日持ち歩いていた、亡くしてしまったポケモンとの記念写真の入った写真立てだった。
自転車で転けたときに拾い忘れたのだろう。
「これを、届けるためだけにここまで……?」
写真立てを手にとってポケモンのほうを見直すと、指先がかじかんでいることに気がつく。
日の落ちた暗い外では冷たく荒れた風が唸りを上げている。
ポケモンは体をすこし震わせながらこちらをじっと見つめている。
(普段ならもう住処に帰っているころでしょうに……)
「入りたいのだったら早く入りなさい、風邪をひいてしまうよ」
ポケモンへ右手を伸ばす。
意味を理解したのか、ポケモンも自分からよってくる。
ポケモンが中に入ったのを確認して窓を閉めると、
右手でポケモンを抱えて亡くしてしまったポケモンが使っていたベッドへ降ろしてやる。
ポケモンはくんくんとベッドのにおいを嗅いでいたが、すこしすると納得したのかその場に座り込んだ。
もう使わないだろうと処分してしまうつもりだったエサ皿と水飲み皿に中身を注いてもう一度置いてやる。
ポケモンはその様子をじっと見つめていた。

ポケモンの様子を確認した私は右手だけを洗ってから、
電子レンジの中の、すっかり放っておいてしまっていたレトルトのカレーライスを取り出す。
(正直食欲はないのだけど、食べないと体に悪いもんね……)
半ば無理やりかきこんで食べる。

(……だめだ)
スプーンが止まる。のみこめない。うけつけない。
肩を落として、ただ呆然とする。

「〜!!」
がしゃがしゃと音をたててポケモンが突然走り出す。
「え!?どうしたの?」
放り出されたままの私のバッグに気がつくと、一目散にかけより頭をつっこんでほじくり返す。
「ちょっと、だめだよ、なにがどうしたの!?」
バッグの中のものが周囲に散らばる。
ようやくなにかを取り出すと、それをもってこちらに向き直る。
(きず、ぐすり……?)
「〜!」
少し困ったような、でも必死そうな表情。潤った瞳。
「〜……」
懸命にきずぐすりを差し出し続けている。
「……ふふ、あはは」
ようやく意図を理解する。
力が抜けてそのまま座り込んでしまう。止めていた涙がとうとう決壊する。
「もう……私が元気がないからって、きずぐすりを取り出してくれたの?」
ポケモンはなおもじっと私を見つめている。
「ありがとう。でもね、これはポケモン用なの。それに私の怪我はもうだいじょうぶ」
一度涙を拭ってから頭をなでてやる。すこし表情が和らぐ。
「〜!」
もう一度きずぐすりが差し出される。
「……ふふ、ありがとね」
きずぐすりを受け取って脇に置き、右手でポケモンをやさしく抱きあげる。
「〜……?」
「うぅん、だいじょうぶ。ごめんね、心配かけて」
ポケモンを降ろし、もう一度頭をなでる。
ひとつため息をつく。
「これもあの子がくれた縁、なのかな」
「〜」
「うぅん、なんでもないよ。それより、明日はおまえが"びょういん"(ポケモンセンター)、いかないとだからね?」
なにか言われたことはわかったのだろう、ピクリと反応を見せたあと、首を傾げる。
「もう、わかってるんだかわかってないんだか……」

頭をぽんぽんと2回ほどしてあげたあと、立ち上がってもう一度ため息をつく。
(……いい加減、片付けしよっか。カバンも買ったものも投げっぱなしだし、
パックごはんやレトルトの袋もそのままほっぽいてるし。
ご飯も残りはもうラップかけて冷蔵庫にいれておこう。今日は無理しなくても明日食べればいい。
お風呂は……寒いしあちこちしみて痛そうだからいやだな、でも明日はこのこを連れて行く用事がある。
消毒は病院でしてもらってるし、せめて電子レンジで蒸しタオルつくってから体を拭き取るくらいはしておこう)
涙を拭きなおし、少し気力を取り戻した私はやりのこした作業をするために戻っていく。
雪の降りはじめた寒い日の夜。とうに音の止んでいた石油ストーブは、静かにその炎を揺らしていた。


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chiffon
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