それは突然の事だった。
僕には親友がいた。種族は違ったけど、生まれたときからずっと一緒で、誰よりも仲が良かった。親友はふたりいた。
僕はジメレオン。ふたりの親友はラビフットとバチンキー。僕とラビはどちらかと言えば内向的で、そんな僕らをいつも外に誘い出してくれるのはバッチだった。
僕を育ててくれたのは、どこにでもいるようなおばあちゃんだった。子供が自立して寂しくなったからと、僕らをまとめて引き取ってくれた。僕は泣き虫で、少しひねくれてしまったけど、そんな僕のこともたくさん愛してくれた。
ある日突然、おばあちゃんは目を覚まさなくなった。僕らを置いて行ってしまった。
僕らをまとめて引き取ってくれる人はいなかった。僕らは離れ離れになった。
バッチはおばあちゃんの孫が連れて行った。まだ小さいけど、生まれた頃からバッチに懐いて一緒に遊んでいたから、きっと幸せに暮らすだろうな。僕はラビと一緒に、遠くに行くバッチを見送った。バッチを乗せた車が見えなくなるまで、ずっとふたりで家の前に立っていた。
ラビはおばあちゃんの知り合いが連れて行った。その人は遠くに住んでいるのによく家に来ていて、ラビの事を可愛がっていたから、きっと幸せに暮らすだろうな。僕はひとりで、遠くに行くラビを見送った。ラビを乗せた電車が見えなくなるまで、ずっと、ずっと手を振った。
そして僕は……。
僕には行き場がなかった。僕が泣くとみんな目が痛くなるから。僕が陰気だから。僕が「ハチュウルイ」みたいで気持ち悪いから。僕がおばあちゃんと親友たち以外に心を開かないから。
誰も、僕を連れて行ってくれなかった。
僕は野生に放り出された。おばあちゃんの家を最後に片づけに来たのは息子で、その人は僕をモンスターボールから出して「逃がしてあげる」と言った。
僕は野生で暮らしたことなんてないから、逃がされたってなんにもできないのに。戦ったことだってほとんどなくて、ラビやバッチとケンカするときに小競り合いになる程度だから、身を守る方法だって知らないのに。
最初の夜は、アオガラスにつっつかれて追い回された。痛い。とても痛い。落ちていたオレンのみを食べて傷は治ったけど、心が痛かった。来る日も、来る日も、野生のポケモンに追い回されて、たまに反撃してもうまくなんていかなくて、ふらふらになった僕は、どこへともなく歩いているうちに、ばしゃん、と音を立てて深い水に落ちた。
ああ、僕もおばあちゃんのところに行くのかな……。それなら悪くない。誰でも良いから、僕が心を許せる相手に早く会いたいんだ……。
まぶしい光を感じて僕は目を開けた。おばあちゃんの言っていた「テンゴク」に来たのかなと思った。そこはきらきら光るしんじゅやサンゴがたくさんあって、水の底なのに光が射していたから。
「お目覚めかい?」
知らない声がした。その声の主を探して辺りを見回すと、とても綺麗なひとがいた。きっとポケモンだろうけど、僕はそのひとの種族に会ったことはなかった。
「あの……」
「無理はしない方がいいよ、傷だらけで落ちて来たんだ。みずタイプのポケモンで良かったね、そうじゃなければ今頃死んでいるところだったろう」
労わるような視線に耐えかねて僕は俯いた。
「僕はそれでも、べつに……」
「そんなこと簡単に言うものじゃないよ、君を助けてここまで連れて来た子たちにも失礼だと思わないのかい?」
その綺麗なひとは、少し怒ったような目つきで僕を見た。
「えっと……ごめんなさい……」
怒った顔が、なんとなくバッチに似ているように見えて、僕は口ごもった。おてんばなバッチと優雅なこのひとでは、見た目は全然似てないのに、どうしてそう思ったのか僕にはわからなかった。
「君の名前は?」
考え込んでいると、そのひとが僕に声をかけて来た。声色はまた優しい調子に戻っていた。
「……ジメレオン、です」
「そう。僕はアシレーヌ。このあたりのポケモンをまとめているんだ。わからないことがあったら聞いてくれて構わないよ」
「僕、って……あなたは、おとこ、なの?」
「そうさ、よく間違われるけどね。そんなことより、君、野生なのに戦ったこともないのかい?随分ひどいやられようだったけど」
「あなたには関係ないよ……」
こんなきれいなひとには、僕の気持ちなんてわからないよ、と。僕はその時そう思った。そのひとはそんな僕を見て、目をきゅっと細めた。
「なるほど、生まれた時から飼われていたのにある日突然逃がされた、というところか」
「!?」
「図星かい?それなら僕と同じだ。仲良くしようじゃないか」
そのひとは、タマゴから生まれてしばらく育てられたところでトレーナーに、思ったほど強くないから、という身勝手な理由で捨てられたのだという。ひどいやつだ。僕みたいに陰気で気持ち悪いやつじゃなく、こんなきれいで優しいひとを捨てるなんて。
僕が勝手にぶつぶつと怒っていると、そのひとはふふっと笑った。
「おまえは優しい子だね。自分が大変な時に、僕のために怒ってくれるんだ」
「だって、許せないよ。それに、僕から見たら、あなたはとっても強そうだし……」
「僕の種族としては弱い方なのさ。それでも、逃がされてから随分と努力したよ。おかげで今はこうしてみんなを守れるだけの力を手に入れた……」
本当に優しいひとなんだ、と思った。強くなって、その力を誰かを守るために使えるなんて。そして、その力で僕の事も救ってくれたなんて。
このひとになら、心を開いてもいいかもしれない、と思った。
「あの……」
「なんだい?」
「ぼくに、戦い方を教えてくれませんか」
あなたみいになりたいから。そんなことは、恥ずかしくて言えなかったけど。
「うん、いいよ」
そのひとは僕の頭を撫でながら優雅に笑った。
「怪我が治ったらいくらでも教えてあげよう。まずはゆっくりおやすみ」
それからの日々は楽しかった。自分が捨てられたことなんて忘れるほどに。ここにいるみんなは僕と仲良くしてくれたし、僕が強くなる手助けもしてくれた。
しばらく……人間の数え方で何年かが経った頃、僕はもう十分に強くなって、そのへんの野生のポケモンには負けないくらいになっていた。アシレーヌさんと、このあたりを守っているサメハダーさんには勝てたことはないけど。それでも、外の世界に出ていくには十分だとみんな言ってくれた。
だから、僕は旅に出ることにした。
「今までありがとう」
「こちらこそ、君が来てくれて楽しかったよ。またいつでも戻っておいで、君は僕らみんなの家族だ」
僕が旅立つとき、みんなが手を振って見送ってくれた。何度振り返っても、手を振り続けてくれていた。僕からみんなが見えなくなるまで、ずっと、ずっと。僕は涙が出そうなのをぐっとこらえて歩き出した。
あの時離れ離れになった、大好きな親友たちを探すために。
「あっ!!ジメレオンだ!!」
人間の声がする。僕が振り返ると、知らない女の子がモンスターボールを構えていた。そのボールからは、ヒバニーが飛び出してくる。
みずタイプの僕にほのおタイプのヒバニーを出してくるなんて……新米なのかな、このトレーナー……。そんなことを考えられるほどに、僕は成長していた。
どうしたものかと考えていると、その女の子が別のボールを振りかぶった。僕を捕まえようとしているらしい。
ここで捕まったら、ラビやバッチを探しに行けないじゃないか。そう思って逃げ出そうとしたところに、ヒバニーが話しかけて来た。
「まって!」
「……?」
「ご主人は、とってもやさしいんだ。ほんとはメッソンがほしかったのに、幼馴染に先にとられちゃって、それでぼくを選んだの。だから、ご主人の子になってあげてくれないかな……?」
「そんなの、僕の知ったことじゃ……」
「おねがい」
そのヒバニーの潤んだ瞳を見た瞬間、頭の中でラビの顔が浮かんだ。
僕らは親友だった。まだメッソンと、ヒバニーと、サルノリだったころから。ラビはさんにんの中でも最後に生まれたからちょっとだけ弟で、だからどうしても何かしてほしい時はうるうるした目でじっと僕らを見つめてくるんだ。そんなラビの目をみると、僕とバッチはついいうことを聞いてしまう。だって僕らはラビのお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだから。
「わかったよ」
僕はそう言って逃げるのをやめた。僕の動きが止まったからか、ボールが飛んでくる。
「やったあ!ジメレオンだよ!!うれしいね、ばにちゃん!」
ボールの外から女の子の声がする。
ああ、これで僕はもう二度とあのふたりには会えないんだろうな、と狭いボールの中で思った。狭いけれど、とても居心地がいい。
新しいご主人。きっとこの子は僕を大事にしてくれるだろう。このヒバニーも、きっと仲良くしてくれるだろう。
アシレーヌさんの怒った顔に、このヒバニーの潤んだ瞳に、バッチやラビが見えるから。ふたりとも僕の中でずっと生きてるから。
だから、これでいいんだ。
そう思いながら、僕は少し休もうと目を閉じた。
「引っ込み思案だったジメレオンくんが突然過酷な運命に巻き込まれてしまい、傷つきながらもポケモンとして成長していき、出会いと別れを繰り返し、ちょっぴりビターな結末だけど最後はジメレオンがふふって笑って終われるような物語ください」という某FNMSのツイートに感銘を受けて書いた、通称「アシジメ師弟小説」です。
当初Twitterとフ鯖に投稿したものを、少しだけ改訂しました。
FNMS先生のアドカレからリンクされたのでリンク仕返しなんですけど、この小説へのファンアートをほかでもないFNMS先生から頂いて狂喜乱舞しました。そのイラストが掲載されているFNMS先生のアドカレ「過去の自分のジメレオン関係の発言を振り返る」を是非ご一読ください。
コメントを残す